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2020年の新型コロナウイルス・パンデミック発生から2025年まで、金価格の歴史は劇的な転換期を迎えました。コロナ後の時代は、従来の金価格変動要因を大きく上回る規模での高騰が続き、投資家や専門家の予想を次々と覆す展開となっています。
パンデミック初期の急落から史上最高値2,075ドル達成、その後の地政学リスクによる価格維持、さらには2025年のトランプ政権復帰による新たな上昇局面まで、金価格の歴史においてこれほど多様な要因が複合的に作用した時代はありません。
この記事では、コロナ後の金価格高騰について時系列で詳細に分析し、各時期における価格変動の背景と構造的要因を解説いたします。金価格の歴史的な変遷を理解することで、今後の投資判断や資産防衛戦略の参考としていただけるでしょう。
2020年:パンデミックが引き金となった歴史的転換点
2020年は新型コロナウイルス・パンデミックの発生により、金価格の歴史における劇的な転換点となりました。
この年、金市場は従来の価格変動パターンを大きく覆し、史上初の2,000ドル台突破という歴史的偉業を成し遂げています。パンデミック初期の混乱から史上最高値達成まで、わずか数か月間に凝縮された金価格変動は、投資家や専門家の予想を遥かに上回る規模となりました。
新型コロナウイルス発生と初期市場混乱
2020年3月、新型コロナウイルスの感染拡大は金融市場に未曾有の混乱をもたらしました。
金価格は当初、安全資産としての性質から選好され、月初に1609.70ドルでスタートした後、6日には月間最高値の1687.00ドル近辺まで急騰しています。この上昇は、欧米を中心としたウイルス感染拡大への懸念が高まる中、投資家が金を避難先として選択した結果でした。
しかし、パンデミックの深刻化とともに市場混乱は極度に達し、12日の米株式市場が過去最大の下げ幅を記録すると状況は一変しました。投資家による損失補填のための手元資金確保の動きが急速に強まり、17日には月間最安値の1,472.35ドルまで急落する事態となっています。
この急激な価格変動は、安全資産とされる金でさえ、流動性確保のために売却される「現金化」の波に飲み込まれたことを如実に示していました。
各国金融緩和策による実質金利低下の影響
パンデミック対応として各国中央銀行が実施した大規模金融緩和政策は、金価格の構造的上昇要因となりました。米FRB(連邦準備銀行)による緊急利下げと無制限量的緩和の導入により、実質金利が大幅に低下し、金の投資魅力度が飛躍的に向上しています。
特に、ゼロ金利政策の長期化観測が強まったことで、利息を生まない金に対する投資需要が急激に拡大しました。
この金融緩和による実質金利低下は、金価格上昇の最も重要な推進力となっています。名目金利の低下と同時にインフレ期待の持ち直しが進んだ結果、実質金利はマイナス1%前後まで低下し、これが金価格の大幅上昇を牽引する原動力となりました。
量的緩和政策によるドル供給量増加も、ドル安を通じて金価格上昇を後押しする要因として作用しています。
2020年8月の史上最高値2,075ドル達成
2020年8月6日、金価格は史上最高値となる2,067.15ドル(一部データでは2,075ドル)を記録し、金価格の歴史に新たな1ページを刻みました。
この記録的高値達成の背景には、米国における追加経済対策法案の合意難航によるドル安の進行と、投資家の金買い需要の急激な拡大がありました。1972.95ドルでスタートした8月相場は、わずか6日間で2,000ドルの大台を突破し、史上初の2,000ドル台での取引を実現しています。
この史上最高値達成は単なる価格記録の更新に留まらず、金が現代の金融システムにおいて果たす役割の重要性を改めて示すものでした。
コロナ禍による経済的不確実性の高まり、各国の大規模金融緩和策、そして地政学的リスクの複合的作用により、金は真の「有事の金」としての地位を確立したのです。年間を通して約25%以上の上昇率を記録し、多くの投資家にとって最も魅力的な資産としての存在感を示しました。
2021-2022年:地政学リスクと供給制約の複合要因
2021年から2022年にかけて、金価格は新たな変動要因に直面しました。
コロナ禍による価格高騰がいったん落ち着きを見せた後、地政学的リスクの急激な高まりと構造的な供給制約が複合的に作用し、金市場に長期的な価格上昇圧力をもたらしたのです。
この時期は、従来の金融要因だけでは説明できない"新たな金価格形成メカニズム"の出現を示す、重要な転換期となりました。
ロシア・ウクライナ情勢が金市場に与えた衝撃
2022年2月24日のロシア・ウクライナ侵攻開始は、金市場に極めて深刻な影響を与えました。侵攻直後、安全資産への資金逃避が急激に進み、金価格は一時的に急騰する展開となっています。
戦争という極度の地政学リスクの発生により、世界中の投資家が株式や通貨といったリスク資産から金へと一斉に資金を移動させる「有事の金」の典型的なパターンが顕現したのです。
このウクライナ情勢が金市場に与えた衝撃は、単なる短期的な価格変動にとどまりませんでした。紛争の長期化による根強い地政学リスクが金市場の構造そのものを変化させ、金を「一過性の避難先」から「長期的に保有すべき資産」へとその位置づけを根本的に変えたのです。
2025年9月現在に至るまで、ウクライナ情勢は依然として終結の目処が立たず、この長期的膠着状態そのものが世界経済にとっての大きな不確実性要因として継続しています。
特に重要なのは、この情勢が金価格に与えた影響が、従来の経済理論を超えた新たな価格形成メカニズムを生み出したことです。2022年以降、金価格は米国実質金利との伝統的な逆相関関係が著しく弱まり、地政学的要因が金価格の主要な決定要因として台頭するようになりました。
ロシアに対する経済制裁も継続しており、エネルギーや食糧の供給網にも根深い影響を残していることが、金価格の長期的な上昇圧力を維持する要因となっています。
中央銀行による金準備積み増し政策
2021年から2022年にかけて、世界各国の中央銀行による金準備積み増し政策が金価格上昇の最も重要な構造的要因となりました。2022年の中央銀行による金需要は合計1,136トンと過去最高を記録し、13年連続の買い越しを達成したのです。
この大規模な購入は、第3四半期と第4四半期の需要がともに400トンを超えたため、1950年までさかのぼるデータの中で2番目の記録となりました。
中央銀行の金購入を主導したのは新興国でした。中国人民銀行は2019年9月以来となる金準備の追加を2022年年末に報告し、11月と12月の発表によると合計62トンの金を購入し、金準備が初めて2,000トンを超えています。トルコ中央銀行はさらに積極的で、公的な金準備が148トン増加し、過去最高の542トンに膨らみました。
地域別では、中東の中央銀行の金購入が特に活発でした。エジプトが47トン、カタールが35トン、イラクが34トン、アラブ首長国連邦が25トンと、中東諸国が金準備を大幅に増やす動きが目立っています。
この背景には、地政学的な不確実性の高まりと高インフレ率への対応があり、中央銀行が金の危機時のパフォーマンスと長期的な価値保全手段としての役割を重視した結果でした。
各国中央銀行の金保有量は36,000トンとなり、1965年の最高記録38,000トンに迫る水準まで回復し、金が外貨準備に占める割合もユーロを上回って20%に達したのです。
2023-2024年:インフレ圧力と通貨不安の深刻化
2023年から2024年にかけて、金価格は新たな価格形成要因である世界的なインフレ圧力と通貨不安の深刻化に直面しました。この時期の金価格上昇は、単なる投機的動きではなく、実体経済における金の価値保全機能が改めて注目された結果でした。
特に日本では、円安進行とインフレ圧力の複合的作用により、国内金価格が歴史的な高値圏で推移する展開となっています。
世界的インフレ進行と金の価値保全機能
2023年の金価格は、世界的なインフレ進行の中で価値保全機能が再評価され、12月末に過去最高値となる1トロイオンスあたり2,078.4ドルを記録しました。これは2022年末の1,813.8ドルから14.6%の大幅上昇となっています。
この価格上昇の背景には、各国の中央銀行による積極的な金購入と地政学的リスクの高まりがありましたが、最も重要な要因はインフレに対するヘッジ手段としての金の役割でした。
世界的な物価上昇が続く中で、金はインフレに強い資産として再評価されています。現金や預金では購買力が落ちてしまうリスクがあるため、物としての価値を保てる金を保有する動きが活発化したのです。
2025年もインフレが続くとすれば、金価格の底堅さが期待され、資産保全目的の需要が増えることが予想されます。
この価値保全機能は、従来の経済理論を超えた新たな投資パターンの出現を示しています。金は古くからインフレに強い資産とされており、物価が上昇する局面では買いが集まりやすくなるという特性が、2023年から2024年の価格形成において顕著に現れました。
通貨の価値が下がると、現金を持つよりも物としての価値を保てる金を保有する動きが強まり、この構造的な需要増加が金価格の長期的な上昇圧力となっています。
円安進行と国内金価格の急激な上昇
2022年から2023年にかけての急激な円安は、国内金価格に劇的な影響を与えました。
1ドル=150円台という水準まで円安が進行する中、2023年12月4日には国内金価格が1グラムあたり10,819円の過去最高値を記録したのです。この急上昇は、国際金価格の上昇と円安という2つの要因が重なった結果でした。
円安による国内金価格上昇のメカニズムは明確です。金の価格は国際的に米ドルで決まるため、円の価値が下がると同じ金でも日本円での価格は高くなります。たとえば、国際的に金価格が1オンス2,000ドルで一定だったとしても、1ドル=130円から150円に変化すれば、日本での金価格は26万円から30万円に上昇するのです。
さらに重要なのは、円安が進むと物価が上がりやすくなり、将来のインフレを心配する人が増えることで価値を守る手段として金を買う動きが強まることです。
2023年以降は金自体の価格上昇と円安という2つの要因が重なり、国内金価格は最高値を更新し続けています。2024年時点においても不安定な世界情勢は継続しており、この円安による価格押し上げ効果は金価格の構造的な上昇要因として定着しました。
円安による輸入物価上昇も金価格の連動性を高める要因となっています。海外から輸入する製品の価格が上昇しやすくなることで輸入物価指数が上昇し、最終的には国内のインフレを引き起こす原因となります。
このインフレ懸念が金価格の上昇を後押しする要因となり、金がインフレに対する価値の避難先として機能していることを明確に示したのです。
2025年:トランプ政権復帰と新たな価格上昇局面
2025年1月のトランプ政権復帰は、金価格の歴史において新たな転換点をもたらしました。
政権発足と共に発表された一連の保護主義的政策は、世界経済に大きな不確実性を与え、安全資産としての金に対する需要を急激に押し上げています。この年の金価格上昇は、過去のどの要因よりも政治的・政策的要因が強く影響した特徴的な局面として記録されるでしょう。
関税政策による市場不安定化と金への資金流入
トランプ政権が4月2日の「解放の日」に発表した大規模な相互関税方針は、金価格の急騰を引き起こす決定的な要因となりました。
この関税政策による市場の不安定化により、ニューヨーク金先物価格は9月9日に一時3,700ドルを超え、史上最高値を更新しています。投資家の間では、世界的な貿易摩擦の再燃による経済成長への悪影響と、それに伴うインフレ加速への懸念が急速に広がりました。
特に注目すべきは、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」に代表される保護主義的な通商政策が金価格を押し上げる最大の要因となったことです。
関税政策により世界的に物価が上昇し、世界経済が停滞するリスクが高まったため、投資家や各国の中央銀行は安全資産である金へと投資先を移動させました。この動きは2025年に入ってからの金価格高騰の核心的要因として機能しています。
市場不安定化による金への資金流入は、従来の金融要因とは異なる新たなパターンを示しました。政治的な不確実性が高まると、ドルや株式への投資を避ける動きが強まり、代わりに金が資産の逃避先として選ばれることが顕著になったのです。
特にドル安や株安の際には金が買われやすく、国際的な不安材料が報道されるたびに金への投資が加速する構造が確立されました。
19,000円台突破と国内最高値更新の背景
2025年9月、国内金価格は歴史的な節目となる19,000円台を突破しました。9月16日に19,265円を記録した後、24日には史上最高値となる19,736円に達し、翌25日現在では19,814円まで上昇しています。
この記録的な価格水準は、2019年の4,000円~5,000円台と比較すると、わずか6年間で約4倍という驚異的な上昇率を示しています。
この最高値更新の背景には、複数の構造的要因が複合的に作用しました。まず、国際金価格の上昇と円安進行という二重の押し上げ効果があります。
米国と中国の貿易摩擦激化や地政学的リスクの高まりに加え、トランプ大統領の新たな関税措置発表により、投資家の間で安全資産としての金需要が急激に増加したのです。
さらに重要なのは、2025年の価格上昇が単なる一時的な現象ではなく、構造的な変化を示していることです。従来とは異なり、金価格は米国実質金利との逆相関関係よりも、政治的・地政学的要因により強く反応するようになりました。
この変化により、従来の経済理論では予測困難な価格形成メカニズムが出現し、専門家の予想を大きく上回る価格上昇が実現しています。
国内最高値更新は、コロナ禍以降の「有事の金」としての性格がさらに強化されたことを意味します。2020年の新型コロナウイルス流行、2022年のロシア・ウクライナ情勢、2023年の地政学リスク拡大、そして2025年のトランプ政権復帰という一連の不確実性要因が連なったことで、金に対する長期的な需要構造が根本的に変化したのです。
この変化により、金価格は今後も高値圏での推移が予想される状況となっています。
コロナ後金価格高騰の構造的要因分析
コロナ後の金価格高騰は、一時的な現象ではなく、世界経済の根本的な構造変化を反映した長期的なトレンドです。
この高騰の背景には、従来の経済理論では説明できない新たな需要パターンの出現と、金融システムそのものに対する信頼性の変化が存在しています。
2020年から2025年にかけての金価格の劇的な上昇は、単なる投機的動きではなく、現代社会が直面する複合的なリスクに対する合理的な対応として理解する必要があります。
ここからは、今回の範囲で変動した金価格の挙動についておさらいしてみましょう。
従来の経済理論を超えた新たな金需要パターン
コロナ後の金価格形成において最も注目すべき変化は、従来の経済理論の核心であった「金価格と米国実質金利の逆相関関係」が2022年以降に崩壊したことです。
過去数十年にわたり、金価格は米国の実質金利と強い負の相関を示していましたが、近年は両者が同時に上昇する現象が観察されています。
これは、金価格の決定要因が短期的な金融政策から、国際政治の不安定性や通貨体制の構造変化といった、より根源的な要因へとシフトしていることを明確に示しています。
この変化の最大の推進力となっているのは、世界各国の中央銀行による戦略的な金購入です。
2022年の中央銀行による金需要は合計1,136トンと過去最高を記録し、その背景には単なるポートフォリオ分散ではなく、「脱ドル化」という構造的な変化があります。特に新興国を中心とする中央銀行は、地政学的リスクに対するヘッジ手段として金を位置付け、外貨準備の多様化を積極的に推進しています。
この結果、世界の公的外貨準備に占める金の比率は2024年末時点で20%に達し、ユーロ(16%)を初めて上回りました。
さらに重要なのは、金が単なるリスクヘッジ手段から、複雑なマクロ経済リスクに対応する「無国籍通貨」としての役割を強化していることです。
世界の債務残高が2025年第1四半期に過去最高の324兆米ドルを突破し、そのうち政府債務が約30%を占める状況において、法定通貨(フィアット通貨)の信認低下への懸念が高まっています。
このような環境下で、発行体リスクを持たない金は、通貨システム全体に対する保険としての性格を強めているのです。
今後の金価格動向予測と投資判断のポイント
今後の金価格動向については、複数の構造的要因が長期的な上昇トレンドを支えると予測されます。
ゴールドマン・サックスやJPモルガンといった大手金融機関は、金価格が2026年までに1オンスあたり4,000~5,000米ドルに達する可能性を指摘しており、これは現在の価格から約20~50%の上昇を意味します。
この強気予測の根拠となっているのは、継続的な地政学的リスクの高まり、新興国を中心とする中央銀行による金購入の持続、そして脱グローバル化による構造的なインフレ圧力の定着です。
投資判断のポイントとして、金価格の短期的な変動に惑わされず、長期的な構造変化に着目することが重要です。
現代ポートフォリオ理論における金の役割は、株式や債券との相関性が低い「リスク独立資産」として、従来以上に重要性を増しています。過去20年間の米国株式と金の相関係数は-0.15と算出されており、特に高インフレ環境下では株式と債券が同時に下落するリスクに対して、金が有効な分散効果を提供します。
総合的に判断すると、コロナ後の金価格高騰は循環的な現象ではなく、世界経済の構造変化を反映した長期的なパラダイムシフトです。
資産保全を重視する投資家にとって、保有資産の10~15%を金に配分することが適切とされており、特に地政学的リスクや通貨の信認低下が懸念される現在の環境では、金の戦略的重要性はさらに高まると考えられます。
総まとめ
古代シュメール文明から2025年の現在まで、これまでのコラムシリーズを通じて金価格の壮大な歴史を辿ってきました。
古代・中世期の金の価値観確立から金本位制時代の国際金融システム、第二次世界大戦からブレトンウッズ体制へと続く現代金融システムの基礎、そして現代における7つの重要な価格変動局面まで、約8,000年に及ぶ金価格の変遷は、まさに人類の経済史そのものでした。
1979年の第1次金価格バブル、失われた90年代の史上最安値、リーマンショック、そしてコロナ後の歴史的高騰まで、金価格は時代ごとの社会情勢を反映しながら劇的な変動を見せてきました。
この長い歴史の中で一貫していたのは、金が常に「有事の資産」として人類に寄り添い続けてきたという事実です。
これらの金価格の歴史を学ぶことで、現代の経済情勢や投資判断において何か得るものがあれば幸いです。