ベルギー フラン金貨について解説、近代の共通通貨から考えるユーロの問題とは?
複数の国にまたがって流通している通貨といえば、EUのユーロが有名です。ヨーロッパ各国で1つの通貨を発行することで、アメリカや日本、中国と並ぶ巨大な経済圏を構成しています。
実は、ヨーロッパが通貨統合によって、経済圏を拡大しようと検討したのはユーロがはじめてではありません。
19世紀半ばにフランスは同一規格の通貨発行による大規模経済圏の完成を画策しました。このベルギーのフラン金貨は、そのときに発行されたものです。
基本情報
| 発行国 | ベルギー |
| 発行年 | 複数 レオポルト1世(在位183~1865): 1834~1841など レオポルト2世(在位1865~1909): 1867~1870 など アルバート1世(在位1909~1934): 1914 |
| 素材 | 金(0.900) |
| 額面 | 20 フラン |
| 重量・直径 | 約 6.45 g / 約 21 mm |
| 図案(表) | 各国王の肖像 |
| 図案(裏) | ベルギーの国章(王冠付き紋章または盾)、額面「20 F」などの表記 |
同時期に発行されたベルギーの金貨は、実用性や流通性、金含有量のバランスから、20フラン金貨が最も一般的ですが、ほかにも少額の10フランや専ら銀行決済などに用いられた40フランなど複数の種類が存在します。
当時ベルギーはヨーロッパ内、特にフランスとの金貨流通を容易にするため、フランスと同じ規格の金貨を発行していました。
通貨区分もまたフランスの金貨と同様であり、その影響からベルギー国内は大規模な経済発展を迎えます。
ラテン通貨同盟の発足とその目的
19世紀半ば、フランスのナポレオン三世主導の元、各国で金貨の規格を統一する動きが広まっていました。のちにラテン通貨同盟として発足する巨大な経済圏の誕生です。
フランスを中心とした世界初の共通通貨発行、その発足までの流れや目的、そして終焉までを解説します。
ヨーロッパが抱えていた経済事情
18世紀、各地で革命や戦争が相次いだヨーロッパでは、現在のフランスやドイツにつながる国の枠組みが出来上がりつつありました。同時に貨幣制度に関しても修正され、各国それぞれに発行主体が定まっていくこととなります。
現代では当たり前の間隔ですが、当時の一庶民の認識におけるナショナリズムやグローバリズムを考えれば、隣町との売買でも国境を越えれば両替という余計な手間がかかる、何とも面倒な制度であったことでしょう。
そこで、フランスは近隣諸国と通貨を共通仕様にすることを画策します。
同じ通貨になれば、貿易や旅行、両替がシンプルになり、貿易も活発化します。商人の目線で考えれば、商取引の為替リスクや無駄な両替手数料を減らせる点は大きな魅力でした。
また、フランスという大国と金貨規格が共通化されることは、自国通貨の信頼性を高め、国際決済を容易にするという国家にとって見逃せない利点もあります。
特に統一直後のイタリアや独立直後のベルギーなどの新興国にとって、通貨の信用確立は急務であり、一も二もなくフランスの提案を受け入れました。
広がる共通規格
こうして、フランスのナポレオン金貨と同一規格の金貨を発行するグループ、ラテン通貨同盟が発足します。
1865年の発足時はフランス、ベルギー、イタリア、スイスで開始したものの、1868年にギリシャが加盟し、一気に国際的な組織としての性質を見せるようになっていきました。
このほか、同盟に加盟してないもののスペインやルーマニア、セルビアなどフランスと結びつきの強い国でも、同一規格の金貨を鋳造するようになります。
また、この規格はペルーやベネズエラのようなスペイン、フランス植民地へも波及し、独立したばかりの南米諸国もラテン通貨同盟基準の金貨を発行、いよいよグローバルな影響をもたらしました。
ただ、19世紀の主役はすでに産業革命を成し遂げ、世界の工場となっていた大英帝国、つまりはポンドでした。結局、ラテン通貨同盟の規模はポンドと対等とまでは行かず、ヨーロッパ・南米における地域通貨に留まることとなりました。
金本位制度の崩壊と同盟の解消
ラテン通貨同盟は金と銀の両方を経済基準においた複本位制と呼ばれる制度でした。
二種類の金属を経済の主軸にすえることで貨幣の供給が安定、また、金銀の交換比率 (当初は銀 15.5 に対して金 1) を定めたことで、物価が安定するというメリットがありました。
しかし、1871年にドイツ帝国がターレル銀貨の発行を停止することを宣言すると、需要が減った銀の価値が暴落することとなります。
結果的に本来の交換比率である金銀1:15が実例と異なってしまう事態に陥った各国は一斉に銀貨を廃止し、実質的な金本位制度へと移行しました。
こうして延命していたラテン通貨同盟ですが、20世紀に入り自動車や飛行機などの開発、日本やロシア、アメリカといった新しいプレイヤーの登場により人の行き来や交易が一層盛んになると、金の保有量以上の通貨を発行できない金本位制度の本質的な問題に直面することとなります。
特に、通貨の流通が世界規模に拡大し、実物的な金貨よりも紙幣が好まれるようになると、同盟自体が各国の経済政策の足かせとなってしまいました。
結局、第一次世界大戦の直前の1914年に同盟は機能不全に陥り、正式には 1926年末(または 1927年初)に解消されてしまうこととなります。
ラテン通貨同盟から見るユーロの現状と課題
各国統一した通貨を作るというのは、現在のユーロに似ている制度と言えるでしょう。
事実、この同盟の失敗を参考にして、ユーロに関するいくつかの規定が定められています。
しかし、ギリシャ危機やイギリスのEU離脱といった昨今のヨーロッパ各国の混乱を見ていると、活かしきれているようには見えません。
ここからは、ラテン通貨同盟の失敗から見る、統合通貨ユーロが抱える問題を考えていきましょう。
ユーロのメリット
ユーロという巨大な統一通貨圏を作ることは、フラン金貨と同様のメリットが見込めます。
つまり、両替コストや為替変動リスクの解消、単純な人口増による市場の拡大など、柔軟にモノ・カネ・ヒトが行き来する世界は、これまで以上に経済発展が見込まれることでしょう。
マクロ的な視点で見れば、欧州全体の国際的な経済・金融のプレゼンスが向上するメリットがあります。事実、ユーロがドルに次ぐ重要通貨の1つとなっていることからも明らかでしょう。
そして、何よりも各国が共通通貨と統一金融政策のもとで運営される体制は、インフレや急激な為替変動など、通貨不安のリスクを押し下げます。
自国通貨の価値維持や国際的信用の問題から解放されるなど、実際、ユーロ圏全体としては、導入前と比べて通貨の安定性が改善したと評価する経済学者も少なくありません。
「統一通貨」が抱える構造的問題
しかし、同時に、統一したからこその構造的問題をユーロが抱え続けていることも忘れてはなりません。
特に、国家間の経済格差が露骨に現れることは問題です。
ヨーロッパにはG7にも数えられるイギリス、フランス、ドイツという経済大国が存在する一方、南欧は慢性的な財政赤字・経済成長が不安定な国ばかりです。
通貨は統一しても各国の経済政策、産業構造、社会制度は全く別物です。これを単一の通貨制度だけでカバーしきるのは限界があります。
そのため、大国が数多くの小国の面倒を見る構図となり、ドイツやフランス国内では「自分たちの税金を他国に使っている」という反発から、ユーロ離脱を叫ぶ政党やメディアも少なくありません。
また、政治の統一はできてないため、大国にとっては経済政策の主権喪失を意味するばかりか、1国の財政問題が連鎖的に全体へ波及する危険性も孕んでいます。
フラン金貨から進化したとも言えるユーロ。発行からすでに20年以上経過し新しい問題がいくつも噴出しています。この問題にどう立ち向かうかが、今後のユーロ、ひいては欧州連合に突き付けられた課題と言えるでしょう。
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