第9回世界陸上パリ大会公式記念金貨について 大会の歴史と併せて考察
世界的なスポーツの祭典と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはオリンピックでしょう。世界中から集まったアスリートたちが、己の磨いた技術を競い合う姿は見るものを熱狂させます。
しかし、それに勝るとも劣らない数々の世界大会が存在します。世界陸上もまた、その1つです。
基本情報
| 発行国 | フランス |
| 発行年 | 2003年 |
| 素材 | 金 999/1000(純金) |
| 額面 | 100ユーロ |
| 重量・直径 | 約155.5g(5オンス級)/ 50mm |
| 図案(表)
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・スローガン 「自由・平等・友愛」
・3段の表彰台とパリを象徴する建築物群
→パリの歴史と現代性を「勝者を称える都市」として描いた構図
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| 図案(裏) |
・中央にランナーの躍動的なシルエット
・競技テーマの文字 “COURIR”(走る)
・背景に橋
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パリで開催された第9回世界陸上は、大会開催回数の「9」に因んで品位999の金貨が999枚限定で発行されました。極めて少ない発行数であり、現在では金の値上がりも手伝って、投資的な価値も高まっています。
また、この金貨は「パリは勝者を称える舞台であり、躍動する都市である」というコンセプトのもとデザインされており、世界陸上というスポーツ、パリに存在する歴史建築、そして、フランスの国家理念を可視化した作品と言えるものです。
単にイベントの記念という枠組みに囚われず、パリという都市のアイデンティティそのものを全世界へ発信するのに大いに貢献してくれたことでしょう。
世界陸上開催の経緯
各地で開催されている世界陸上ですが、実は最初に開催されたのは1983年と世界選手権しての歴史はそれほど長くありません。オリンピックやワールドカップが100年以上の歴史を持つことを考えれば、今後大きく発展していく大会と言ってよいでしょう。
では、なぜオリンピックがあるなかで、世界陸上という別の世界大会が誕生したのか。その理由ともいえる1970年代から80年代の社会変化と、そこに秘められた選手たちの思いを紐解いていきましょう。
最高の舞台足りえなくなったオリンピック
1970年代まで、陸上界における最高峰の大会といえばオリンピック一択でした。
そもそも当時の状況として、純粋な陸上競技「だけ」での開催ができるほどの競技場を備えた都市自体が限られていた上に、多くの大規模大会が運営費として頼りにしている放映権料やグッズのノベルティが見込めないという理由から、陸上だけの世界大会は開催を見送られ続けていました。
これは参加する多くの陸上選手も同様の認識であり、専らオリンピックへの挑戦を目標として掲げていました。
しかし1970年代に入ると、状況が一変します。72年のミュンヘン大会のテロ事件、76年のモントリオール大会の参加ボイコットなど、本来は平和の祭典であるはずのオリンピックの開催自体が危ぶまれるような出来事が立て続けに起こります。
また、76年には男子競歩が競技種目から削除されてしまい、これまで多くの陸上選手にとって夢の舞台であったはずのオリンピックの価値が下がってしまいました。この状況に危機感を抱いた国際陸上競技連盟(IAAF)は、改めてオリンピックとは別に陸上専門の世界大会を開催する必要性を強く認識したと言います。
世界陸上の独立
陸上競技が第1回大会からオリンピックの中心競技であったことは疑いようはありません。しかし、オリンピックという大会そのものの変化が、選手や連盟の認識を変えるには十分であったこともまた事実です。
そうして、世界陸上の開催に向けて、選手や連盟が動きはじめることとなりました。もちろん、これまでIOCの監督下にあったIAAFが独自大会を開催するのは一筋縄ではいきません。
特に、競技場の建設費用や運営費の確保というのは、大規模大会では常について回る問題です。すでに女子競技だけや競歩のみの大会は実施していたものの、すべての陸上競技を内包するとなれば、予算は激増します。本格的な議論がはじまったものの、この難題を解決する策を見出せずにいました。
しかし、何も情勢の変化とは決して悪いものばかりではありません。70年代に入るとテレビ放映も本格化し、これまでよりも商業的な収入が見込めるようになりました。最大の懸念材料であった予算問題に目途がついたことで、一気に議論は進んでいきます。
特に、当時のIAAF会長であったアドルフ・フランシオン(スウェーデン)や、その後継であるプリーモ・ネビオロ(イタリア)らが、「陸上も独自の興行で収益を確立するべき」と強く推進、その意見に対して欧州陸連も賛成を示したことで1978年、ついに独自大会の開催が決定しました。これが現在に続く世界陸上です。
フランス大会と日本人選手の活躍
2003年に開催されたパリ大会は、多くの日本人選手にとって契機となった大会です。金メダルの獲得はなかったものの、十二分にその強さを世界に示しました。大会の歴史に刻まれた、日本人選手たちの活躍を見ていきましょう。
日本人選手も戦える
この大会で何よりも印象的なのは、女子マラソンにおける野口みずき選手と千葉真子選手による銀と銅のダブルメダル獲得でしょう。女子マラソンのメダルは、シドニーオリンピックでの高橋尚子選手に続くものであり、世界に日本女子長距離界の強さを知らしめたと言っても過言ではありません。
そして、何よりも歴史的快挙と言えるのが、末續慎吾選手の男子200mにおける銅メダル獲得です。決勝で20秒38をマークし、日本人選手初の短距離トラック種目でのメダルを獲得となりました。まさに日本陸上界における画期的な成果と言えるでしょう。
鉄人の伝説
トラック競技ばかりに注目がいきますが、投擲競技で忘れてはならないビックネームもこの大会でメダルを獲得しています。
その選手とは、ハンマー投げの室伏広治選手です。当時すでに国内選手権では6連覇中と負けなしの記録を持っていましたが、前回のエドモント大会での銀メダルに続き、銅メダルを獲得しました。
その身体能力について、さまざまな逸話を持つ室伏選手ですが、実はこの大会前には肘を負傷しており、欠場を検討するほどのコンディションであったと言います。しかし、その負傷を抱えつつも勝ち切るという不屈の精神に感動した人も多いのではないでしょうか。
その後、室伏選手は2015年の現役引退まで、日本選手権大会では前人未踏の20連覇を達成、世界大会においてもアテネ五輪での優勝、ロンドン五輪での3位入賞をはじめとし、数々の大会でメダルを獲得し続けました。
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世界陸上パリ大会を記念してフランスで発行された公式記念硬貨は、芸術性と希少性を兼ね備えたコレクターズアイテムです。
大会理念を象徴する洗練されたデザインと高い品位は、金貨としての価値だけでなく歴史的評価も高めています。
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