ワールドカップフランス大会記念金貨について解説
人種も言語も越えて世界が熱狂するスポーツがあります。それがサッカーです。現在の推定競技人口は世界で2億5千万人、ファン総数は35億人とも言われており、その人気ぶりは他の追随を許しません。
そんなサッカーの世界大会であるワールドカップ。この金貨は、1998年に開催されたフランス大会を記念して発行された金貨です。
基本情報
| 発行国 | フランス |
| 発行年 | 1998年 |
| 素材 | 金(K22) |
| 額面 | 100 フラン |
| 重量・直径 | 約17g / 約31 mm |
| 図案(表) |
・大会ロゴである「FRANCE 98」と額面の「100 F」
・発行年(1998)を刻印
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| 図案(裏) |
・サッカー選手が躍動する姿
・背景にはヨーロッパ大陸の地図をデザイン
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このフランス大会記念金貨はシンプルなデザインながらも、「世界=ワールドカップ」の理念を表現する意図が込められています。裏面のサッカー選手とヨーロッパ地図の組み合わせは、参加国が増えたフランス大会の国際性と統一性を象徴的に示したものになっています。
また、フランス大会は開催国での記念貨幣発行の公式記録が残る最初の大会であり、このあとの大会からワールドカップの記念硬貨の発行が本格的に実施されるようになりました。
そのような理由もあり、この金貨は単品でもセットでも「古銭買取市場でなかなか出回らない」ものであり、その希少性の高さから高額で取引されることも珍しくありません。
サッカーと人類
たった1個のボールを巡り高度な戦術、卓越したフィジカルとテクニックの応酬が繰り広げられるサッカー。
国際大会ともなれば、その試合のすべてが歴史に刻まれてもよいほどの激闘となります。そんな人々を熱狂させるサッカーの歴史について、解説します。
サッカーというスポーツは、いつはじまったのか
そもそも「球を脚で蹴って遊ぶ」ということ自体、文明があった当初から行われていたこととされています。
古代エジプトや古代ギリシャでは球を使った競技が行われており、特に古代ローマでは競技ごとに重さや大きさを変えた複数の球を使用していたと言われています。中国でも春秋・戦国時代には軍事教練の一環として、蹴鞠が盛んに行われていました。また、天然ゴムが豊富であった南米では早くから「球を蹴って遊ぶ」ということが行われており、パタゴニア地方やアンデス地方の遺跡でそれらの証拠が発見されています。
これらの世界中にあった「球を蹴る競技」が「サッカー」として共通の形になったのは、19世紀のイギリスです。
イギリスのパブリックスクールでは人格形成の一環としてスポーツが盛んに行われていましたが、そのなかでも球を蹴る競技は人気であり、多くの学校で行事として取り入れられていました。
その球蹴り競技に対して、1848年にケンブリッジ大学で学校間の共通のルールが取り決められると、その後およそ半世紀をかけて競技としての体裁が整えられていきます。また、このルール制定のなかで手を使う競技としてラグビー、使わない競技としてサッカーと明確に区分され、別々の道を歩んでいくこととなります。
なぜ、サッカーに人は熱狂するのか?
イギリスで完成を見たサッカーは、1872年にはイングランドとスコットランドの間で初の代表試合が実施され、その後、世界中へと伝播していきます。
遅くとも1900年までにはヨーロッパ各国でプロリーグが組織され、1904年には国際協会としてFIFAが成立することとなります。世界を見渡せば、球技はいくつもの種類がありますが、わずか半世紀ほどで国際組織が生まれるほどの人気の高ぶりを見せたスポーツはサッカーだけでしょう。
なぜ、人はサッカーに熱狂するのか。その理由は、第一にシンプルさにあります。ボール1つあれば成立する手軽さ、そして、比較的分かりやすいルールは、競技する側も見る側も理解しやすく、とっつきやすいと言えるでしょう。
また、これがチームスポーツであることもポイントです。現在でも、由来であるパブリックスクールのように各地で特色あるチームが生まれていますが、それが自分に関係する組織となれば親近感も強くなります。
そこには「自分の友人や兄弟が参加しているかもしれない」となれば、応援したくなるのは自明の理です。そして、これが国家の規模まで大きくなれば、それは国の威信がぶつかり合う誰も目が離せないものになります。
ほかにも、メディアとの相性や試合展開のスピーディーさなども、サッカーに人類が熱狂する要素ですが、どの要素が欠けたとしてもサッカーが素晴らしいスポーツであることに変わりありません。
世界最高の舞台で
サッカーを愛するすべての人の夢の舞台であるワールドカップ。
国際大会としての歴史は非常に古く、オリンピックと並ぶほどの歴史が存在します。ここからは、ワールドカップ開催の理由を紐解くとともに、多くの国の天気となったフランス大会の意義を確認しましょう。
世界はサッカーを愛している
20世紀初頭、フランスのクーベルタンの呼びかけではじまったオリンピックは、アマチュア精神を重視する大会でした。スポーツ選手の職業化を良しとせず、競技と金銭の結びつきを徹底して排除するために、オリンピックはプロ選手の参加を禁止していました。
しかし、当時すでにサッカーは欧州・南米を中心に完全なプロスポーツとして確立していた競技です。この結果、プロである主力選手の参加が叶わず、主要国の間では「オリンピックでは本当の世界一を決められない」という認識で一致していました。
チーム競技であるサッカーは、都市や民族アイデンティティが激突する物語を内包する競技です。それが最も強く重なる国別代表戦で、アマチュア同士の戦いを見ても誰も納得しません。その解決のため、プロを含む国の最強チームが競う大会として、ワールドカップが誕生しました。
転機となったフランス大会
数々のドラマが生まれたワールドカップですが、フランス大会はワールドカップの大きな転機となりました。
まず、参加国が32か国へと拡大された点です。それまでのワールドカップは極端な言い方をすれば南米と西欧のイベントであり、それ以外の国にとってはそもそも出場できない、出場したところですぐに終わるものでした。
しかし、この参加枠の拡大によって、新たなサッカー強国が世界に名乗りを挙げることとなります。特に、好成績を残したナイジェリア、カメルーンなどアフリカ勢のインパクトはすさまじいものでした。
また、クロアチアが初出場ながら3位に輝くなど、ワールドカップが一気に世界規模へと拡大した大会と言えるでしょう。
そして、もう1つ。サッカーが国家の多様性を示す象徴になったことも大きなポイントです。
この大会で優勝したフランスチームのメンバーは、純粋なフランス人以外にもアラブ系移民や海外にルーツを持つ選手たちが多数参加していました。「黒・白・アラブ(Black-Blanc-Beur)」と称されるほど多様性にあふれたチームは、フランスという多文化国家の姿を世界へと明確に伝えたと言えるでしょう。
ワールドカップフランス大会記念金貨の買取は金貨買取本舗へ
1998年フランス大会を記念して発行されたワールドカップ記念金貨は、サッカー史における転換点を象徴する特別な一枚です。
32か国参加という新時代の幕開け、多文化国家フランスの優勝など、歴史的背景を持つ本金貨は、現在も国内外のコレクターから高い評価を受けています。
金の素材価値に加え、記念性・希少性が査定額に反映されやすいのも魅力です。ご売却をお考えの際は、記念金貨の価値を正しく見極める金貨買取本舗へ、まずはご相談ください。