ペルーの民族主義と近代化の象徴、リーブラ金貨について解説
通貨の意匠は、その国の文化や歴史そのものと言い換えてもよいでしょう。
自分たちの豊かな文化に常日頃から触れ、先人たちの願いに思いを馳せる。多くの国が自国の偉人や名所を通貨のデザインに選ぶのは、そのような理由があるからかもしれません。
特に、19世紀、続々と独立を果たした南米諸国の通貨のデザインには、独立を尊ぶような意匠が数多く見られます。今回は、そのなかからペルーのリーブラ金貨について紹介します。
基本情報
| 発行国 | ペルー |
| 発行年 | 概ね 1898頃から1931年にかけて導入・流通 |
| 素材 | K22(=金92%) |
| 額面 | 1 リーブラ |
| 重量・直径 | 7.9881g / 約 22.0 mm |
| 図案(表) | ・中央に国章(盾) ・その左右や下に植物の蔓をあしらい、上方に放射状の太陽光線 |
| 図案(裏) | 右向きの頭像(女性像/自由の象徴的な頭部)が代表的 |
1898年から発行がはじまったペルーのリーブラ金貨は、イギリスのソブリン金貨と同規格(22K、約0.235オンスの金含有量)に合わせた設計で作成されています。
これは、当時の金本位制に基づく国際的基準で作られたものであり、ペルーの国際的な存在を表すものと言えるでしょう。
この金貨は40年ほど作られており、発行年や刻印位置、鋳造所マークなど細部に違いがあります。その細かやな違いに魅せられ、コレクションする人も存在するほどです。
インディアンの女性とペルーの挑戦
リーブラ金貨にデザインされた女性は特定の誰かではなく、フランスのマリアンヌやスイスのブレネリ、アメリカのコロンビアのようにペルーの理想的な女性像です。
一般的なペルーのインディアン女性の横顔であり、ペルーそのものと言って決して過言ではありません。このデザインの意義について、当時のペルーの状況と併せて考えていきましょう。
通貨の安定と近代化の挑戦
19世紀初頭、ヨーロッパ列強がフランス革命とナポレオン戦争の後始末に右往左往しているころ、南米諸国は次々と独立を果たしていきます。
1804年のハイチ独立を皮切りに、メキシコ、ベネズエラ、パラグアイと次々と独立を宣言、その流れのなか、ペルーも1821年にスペインから独立しました。
無事に独立を果たしたペルーですが、すべてが上手くいったわけではありませんでした。
独立当初、いきなり突きつけられたのは通貨制度の問題です。独立直後はスペインのレアルを使用してましたが、これでは経済的に独立したとは言えません。新生ペルーとして、独自の通貨の用意と財政・通貨制度の整備は急務でした。
しかし、独立直後から銀貨や銅貨、紙幣などが混在がしていたペルーでは、通貨の統一も一筋縄ではいきません。
加えて、1874年に起きたチリとボリビアとの太平洋戦争をはじめとした、周辺国との係争による混乱や経済的打撃で一層経済は混乱していきます。
結局、独立から半世紀以上経った1895年、ニコラス・ピエロラが大統領に就任し、ようやく国家の財政健全化と近代化が推し進められることとなりました。
この時期に併せて、ペルーは近代国家として生まれ変わり、税収制度の整備、財政改革、銀行制度の構築などが実施されました。
民族と近代化を示す意匠
このピエロラが推し進めた近代化と財形再建の過程のなかで、国内の通貨統一も実施されました。
これまでは民間や多様な民間銀行に分散していた通貨発行・鋳造の権限を国に集中。1898年に新通貨としてリーブラが採用され、以後、各国が金本位制度を脱していく第二次世界大戦の直前まで発行が続けられます。
このような経緯のなかで発行されたリーブラ金貨は、民族の象徴としてだけではなく、ペルーの近代化の象徴とも言えるでしょう。
まだ世界的には「独立した」ばかりの若い国であり、長きにわたり植民地支配を受けていたペルーは、「国家のアイデンティティ」や「新たな近代国家」としての象徴を欲していました。
金貨のデザインであるインディアンの女性は、まさに植民地支配から独立した民族のルーツや誇りを示す「民族的自己肯定」の意匠と言えるでしょう。
また、19世紀から20世紀初頭にかけて、世界は金を自国通貨の基準にする金本位制度を採用していました。
ペルーはリーブラ金貨導入までは銀貨中心の通貨体系でしたが、これを機に従来の通貨が一変することとなります。
これは世界と同じ金本位制度を採用するという通貨政策の一環であり、ピエロラ最大の功績とされることもあるほど、当時のペルーにとっては画期的な出来事でした。
金本位制度を採用したことで、英米を中心とした国々との貿易も活発化。国内に眠っていた鉱山開発も盛んになるなど、ペルーは一気に発展を見せました。
金本位制と補助通貨
1リーブラは額面上は小さいように思いますが、現在の価格で言えば5万円程度になります。これは、当時の物価を考えれば、家族4人が2か月は暮らしていける金額です。
このような高額貨幣は日常では使い勝手が悪いため、リーブラ金貨に限らず、もっと額面の小さな貨幣、つまり補助通貨が必要になります。
ここからは、ペルーが採用した金本位制度の概要と補助通貨について解説します。
金本位制の魔力
金は科学的な変化が起きにくく、かつ、産出量が限定的であることから、古くからモノの価値を図る相対的な基準として貨幣に利用されてきました。
しかし、17世紀、産業革命を経験したヨーロッパでは、貿易の活発化から重たい金貨を取引に使用せず、金の価値に裏打ちされた通貨を使う貨幣制度が広まっていました。この金を国の経済の主軸に据えた経済体制が金本位制です。
通貨に対して金の量を固定することで、通貨の発行量を中央銀行が保有する金準備量の範囲内に抑えられるため、借金がしにくく財政が健全に保たれるというメリットがあります。
また、世界各国が「金」という共通の価値を持つものを基準にするため、貿易がスムーズに行えます。この金本位制度の有無が列強各国が投資を決める要因であったと言われるほど、当時の国際社会では「先進国=金本位制度採用」が常識でした。
いいことづくめに見える金本位制度ですが、通貨の発行量が限定的であるということは、同時に経済の硬直化をもたらします。
自由にお金を用意できないため、不況になっても公共投資や供給量の拡大が実施できません。つまり、金のない国は延々と不況に悩まされ続けることとなります。事実、世界恐慌直後の1931年にイギリスが金本位制度を脱した瞬間に景気が一気に回復したという逸話もあるほどです。
結局、この弱点が第一次世界大戦で露呈し、世界恐慌でとどめを刺された結果、第二次世界大戦の前後に世界は金本位制度を脱していくこととなりました。
補助通貨の役割とは
日常の買い物をするとき1万円札ばかりを使うというのは、まずありえないでしょう。世の中には、もっと安いモノやサービスも存在します。
国の貨幣制度の基準となる通貨、この1通貨単位に対して、それをさらに細かく刻んだ通貨を補助通貨と呼びます。
今回のリーブラ金貨は、金本位制度を採用していた当時のペルーの貨幣制度の基準となる通貨です。この1リーブラ未満のものについては、ソル銀貨やセンティモ銅貨が存在し日常の決済で使われていました。
このような金貨を本位の通貨として設定しつつも、少額決済のために銀貨や銅貨が同時に存在しているという国は決して珍しいものではありません。
金を基礎とした国家財政、貨幣発行という巨大なシステムのなかで、銀貨や銅貨は階層的に存在し、一般市民の経済活動の潤滑油として機能しています。
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リーブラ金貨は、近代ペルー経済を支えた象徴的な金貨として、国内外で高い評価を受けています。状態が良いものや発行年の古いものは、市場でも特に人気が高く、思わぬ高値がつくこともあります。
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